コロナ禍で学校現場は大変だが、今教育は試されている 11月20日(金)

 既に7人程が座り込んでいた。椅子に座り、遅い昼食を食べた。今日は11月もうすぐ終わりだと言うのにやけに暖かい。20度越えの日が続いているのだ。上着を着ていると汗ばむようである。座り込むには有り難いが何だか変である。

 私が到着する前に、全教、都教祖、が街宣車を出して文科省前でマイクアピールをしていたそうだ。性能が良いマイクのようで、座り込みの場所まではっきりと聞こえたそうだ。コロナウイルスの拡大で学校現場が大変な様子や、その中でも少人数での指導をすることで子どもたちも理解が深まっているようだ。

 2時過ぎに、TBSのテレビ番組を制作しているスタッフの人がみえて23日の勤労感謝の日の午前中、番組制作のためロケをするので迷惑にならないように撮影をするがご理解を!と言うことで事前の挨拶に来た。座り込みは午後からなので大丈夫だと思いますと伝えておいた。

 3時頃白バイの運転手が来て、後ろに停まっている車は皆さんのものですか?と聞いてきた。タクシーやトラックが停まっていたが、我々とは関係ないと言ったら、誰かが通報してきたので尋ねたのだという。座り込んでいた人達と四方山話を大分長くしていった。白バイも暇なのかな?と思った。

経産省の前のめり原発推進を糾弾 11月20日(金)

 暑そうなコートを着た人が来訪、北海道泊村から来た顔見知りだった。「泊原発1号、2号、3号全基の石棺化」を訴える資料をくださる。経産省前で「老朽原発動かすな」のチラシまきをしたが、新型コロナ感染増のためか受取が悪い。

 文科省前には行けず経産省抗議行動に突入。女川再稼働を宮城県知事が容認、九電が川内・玄海と前のめり再稼働、経産省がエネルギー基本計画検討で地球温暖化対策口実に原発温存誘導、核燃料サイクル破綻を隠して寿都・神恵内村の調査入りと六ヶ所再処理稼動容認で核ゴミアリバイ造り、容量市場導入で再エネ業界悲鳴、福島では伝承館や県民健康調査等で被曝・疾病隠し、老朽原発の運転期間延長を画策、…… 九州でしか原発稼働していない中で、原子力ムラは必至で原発生き残り策。

 当然、経産省への怒りを訴える人が多く、また日本学術会議問題・新型コロナ対策ほかの菅政権批判も多々あり、アピールとコールと歌の抗議行動は延長して終了。参加は約50人。

 菅首相は答えられない、説明できない。これはなんだ 11月21日(土)

〇コロナ対策も自助 19日午前

 「静かなマスク会食」を要請。感染も不景気も自己責任ということかな。「Go To トラベル」の見直しについて記者団が尋ねたが首相は答えなかったという。これは「Go To」じゃなくて「The go-by」(わざと避ける[無視]すること)

〇民主主義国の政治家ではないし法治国家のそれでもない。26日夜のNHKの報道番組での菅総理発言

 「日本学術会議が出した105人の推薦者のうち、6人を任命しなかったのは、「推薦された人を前例踏襲して任命していいのかどうか迷った結果」……これは日本学術会議法を無視あるいはまったく無知ということ。

 「説明できることとできないことがある」。…これは言うまでもなくアウトです。独裁政権ならOKだろうけれど。

好天のもと気持ちのいい座り込みでした 11月22日(日)

好天。参加12名、まったりと穏やかに過ごしました。写真は下記ツイートをご覧ください。

ケロップ(@keroppu8649)さんがツイートしました: 経産省前テントひろば(365日座り込み、日曜は13-15時)

11月22日(日)の報告です。素晴らしい青空でスタート、途中から薄曇りになりました。暖かい気持ちのいい座り込み日和でした。写真を取りにちょっと立ち寄ってくれた人も含め総数12人でした。 https://t.co/sjKKuQM1RB

https://twitter.com/keroppu8649/status/1330471583731703808?s=20

小人数でも継続して行くことが大事だ 11月23日(月)

今日は勤労感謝の日で祝日なので、昔テントを建てていた四つ角で座り込みをする事にして皆で準備した。準備をしている所にレジェンドさんが腰が痛いと言って腰を擦りながら来られた。おとなしく椅子に座って貰った。

1時前に群馬のメンバーが関電前でのスタンディングに行ってくると言って幟旗を一本持って出かけて行った。      

月例祈祷会「死者の裁き」もあった 11月24日(火)

今日は、先日道路が陥没して話題になった外郭環状線工事の差し止め裁判があったようで、その原告の人が公判が始まるまで座り込みに参加してくれました。

15時からは、毎月恒例の「日本祈祷団47士」による月例祈祷会が始まり、前段の芸能の時間では、「唐獅子牡丹」「鞍馬天狗」「ランボー小唄」♪を、後半は例のごとく鋭く、政・官・財の癒着を、政府の米国従属・売国的な政策を糾弾した。

三島由紀夫の天皇論の独特さについて 11月24日(火)

経産省周辺というか、国会も含めた霞が関一帯では樹木の紅葉が日々鮮やかさをましている。普通は年末の慌ただしさがそこに加わってもいるのだが、今年なそうはなっていない。ここにきてコロナ感染者の急増が影をなげかけているのだろうか。電車は結構,混んでいるのだが、忘年会の取りやめという話が多いように、何となく沈んだ気分が浸透しているのだ。

いつの間にか国会は終盤近くなってきているが、こちらをさえないというか、低迷というか、パッとしない。今頃になって「桜の見る会」の疑惑が表ざたになっているが、なるほど安倍が黒川検事総長にこだわったことも見えてきた。安倍は検察人事などに介入しながら、国会では嘘の答弁を繰り返していたのだが、これではまともな国会審議など行われるはずはなかったのだ。その国会がまともに取り上げずにきた原発が再稼働も含めて動きを激しくしている。菅が脱炭素社会に引っ掛けて原発推進を語ったことが背景にあるが、無責任な話だ。安倍政権は議員立法として出された「原発ゼロ法案」を凍結したまま、議論もせずにきたが、突然のごとくに原発推進を言い出したのだからである。原発新設の話まで飛び交う始末だ。今の再稼働状況をみて、原発新設などできると思っているのか。

地上イージス建設が直ぐに行き詰ったことを見ても、原発新設など容易にできるはずがないのだ。原発をめぐる動きに注目しているが、僕らは、いま、この十年の闘いが試されているともいえるわけで、気分を新たにして、原発再稼働などに対して行きたいと思っている。

 今日は「月例祈祷会―死者の裁き」があるので、出掛けてきたが、祈祷会を主催する日本祈祷団の面々が三島由紀夫に関心を示しているのが、僕には興味深かった。明日が三島由紀夫の自刃から50年目ということもあるのだし、最近、三島由紀夫のことが話題になっているのだから、当然のことと言うべきなのかもしれない。僕も三島由紀夫には深い関心をよせてきた、だから、彼等が三島由紀夫のことに興味を持ち、ある種のシンパシーを抱くのは当然で、驚くことではないというべきなのだろう、と思う。僕は三島由紀夫について自分なりに考えて来たことの一端を話した。

ふりかえれば、三島由紀夫の50年目の行動に驚きと深い衝撃を受けながら、それは時代錯誤的な、滑稽な行為であるという印象は変ってはいない。自衛隊にでかけ憲法の改正を提起したこと、割腹自殺と言うべき行為が明確な主張として僕らに届くような内容を持ってなかったことは当時も、今も変わらない。「文化概念としての天皇」というのが今一つ明瞭ではないのだが、その防衛と市ヶ谷での行動がどういう関連にあるのかも明瞭ではない。ただ、三島由紀夫が、戦後の体制というか、社会に空虚を感じ、いら立ちを持ち、それゆえに、批判的だったことは、僕らと共通の基盤にあると感ずるところはあった、独占資本制社会、というか社会の高度化と政治体制の成熟に疎外感を持ち、その感覚や意識が反体制。反権力の意識として出て来ることの共通性と言ってもよかった。ただ、戦後の体制や社会に対する批判の立ち位置というか、その社会を超えるビジョンは三島と僕では違ったし、それは今でも変わらない。

 三島由紀夫は戦後の体制と社会に対する危機感としては日本の文化が失われていくということにあった。これは戦後が喪失しつつあるものと言ってもよかった。ここで彼は「文化としての天皇」ということを提起し、その防衛を提示した。これは『文化防衛論』としてあらわされてもいるが、僕からは疑問の多いものだった。日本文化というのは日本人の精神状態(精神の存在様式)だが、その体現して存在が天皇であり、三島の文化概念として天皇である。これは日本列島の中で生まれた文化であり、雅とか美とかいう言葉で示されるが、日本人の政治的。社会的共同体を超えた日本人の共同の意識であり。政治的・社会的な共同意識を包み込むものであり、永続的なものだというのが三島の天皇論だった。日本列島の住民の生んだ文化というのは長い時間を持ち、天皇が文化の体現者と言うなら、その場合の文化はあまりにも時間(歴史)が短い。日本文化はもっと長い歴史(時間)と広い空間の中にあり、天皇が体現するのは一部に過ぎない。沖縄と天皇ということを考えてもいいが、天皇が日本文化の体現者であるというのは近代の神話に過ぎない。

そして、また。国家主権、天皇統治という国体概念としての天皇、つまりは戦前の天皇は何だったということが問題になる。自由と民主制を抑圧する天皇(天皇制)とはそれがナショナリズムの体現者であれば、それは何かということになる。国家統治の主体としての天皇は戦争の推力になり、非民主的な統治(超権力的な統治)の役割を果たした。戦争と非民主的統治の主体となった天皇は戦後にその反省から、非政治化されて象徴になった。これを天皇は「現人神」から人間宣言をすることで現わした。三島は人間宣言をした天皇を批判するわけだから、その「文化概念としての天皇」は戦前の国体下の天皇の復権をいうことになったのだろうか。

 戦後の右翼や保守主義者が敗戦によって失った日本的なものとは国体であり、天皇が国家主権者であった日本だというのはよく知られた話だ。三島由紀夫はそういう右翼とみなされてもよいし、そういう側面がある。ただ。三島の天皇が独特なのは、戦前の国体下の天皇は官僚が関与することで歪められたものであり、官僚天皇制ということで批判している。軍や官僚が統治のために利用したのであり、彼の言う「文化概念」としての天皇とは違うという側面を指摘する。ここは三島の天皇論の独特の性格と言えるが、彼はここのところを本当は突き詰めてはいない。彼の文化概念としての天皇は政治や社会の共同性を超えるものであり、それを包括するものだという。これは三島が天皇に与えた幻想であり、天皇に持った幻想であるが、天皇が政治権力から遠ざけられながら、存続してきたことに対する解釈に過ぎないと思う。権威と権力が二重化して存在してきた、我が国の国家構成(国家構造)の問題であって、天皇が政治権力を包括する超越的で永続的な存在などではありえない、それは歴史に反することである。天皇は

政治権力(官僚)に権威として利用されてあり、その利用形態は時代によってかわるのである。権力と権威を分離し存続させるというのは我が国の国家構成としてあり続けてきたものだし、天皇はそれによくはまったというにすぎない。現在の国家の最大の問題である、戦争や非民主的統治(強権的統治)を解決しえるものを、天皇や天皇制が持たないことは明瞭である。三島のいう雅や美としての天皇などはそんな存在ではない。

 三島由紀夫が「文化防衛論」で提起して天皇論は右翼思想の系譜にあると言えるが、独特のところもあった。その意味では面白かったが、矛盾の多い問題だった。明治維新を成し遂げた権力が日本の国家構成として天皇や天皇制を据えたことは謎めいたところも多いが、なかなか議論の尽きないところだ。戦後世代としてのぼくらは天皇や天皇制には関心が薄く、それに関心をいだくようになるのは、1970前後からであり、それには三島由紀夫の「文化防衛論」や市谷での行動が大きかった。僕はあれから、天皇や天皇制について、また三島由紀夫についての探究をしてきたが、三島の市谷での行動から50年近くを経た今、また三島に対する関心が高まっているのは何故か、と考える。三島は「文化概念の天皇」を提起し、東大全共闘のメンバーの主催する会に出掛けてきて、「諸君が天皇といえば合流する」と言ったことをあらためて考える。これは僕の解釈だが、三島は何故、天皇にこだわったのか、それが日本文化の根源だという事も含めて、三島は自由という事の希求があったのだのでは推測する。これは想像だし、三島の僕等に与えて来たものをかんがえてのことだが、そんなことを考える。

三島にとって天皇とは自由の理念的存在ではなかったのか。これは僕の仮設ということになるが、作家としての三島に自由へのこだわりがあり、それは天皇論と不可欠に結びついていたのだと思う。僕には天皇は自由の概念と対立存在ではある。特に国体概念の根底をなした天皇という存在は自由と対立する。

その意味で僕の三島への違和感は消し難くあるのだが、三島は自由と天皇を同一的なものと考えようとしたことを検討してみたい、と思っている。

倉田さんのカジノ設置反対の行動報告もあり  11/25日(水)

朝から、シトシト雨模様。

<倉田さんの演説>

9月から10月と2ケ月間、地元で、カジノ設置反対の住民投票請求の署名を集めた。個別訪問をして訴えた。しかし、カジノってなぁに? 住民投票ってなぁに? とわかる人が少なくて苦労した。政治的な民意が低いことを突き付けられた。住民投票は地方自治の本旨で、住民は知ってなくちゃならないのに知らない。でも、丁寧に説明してわかってもらうようにした。おかげで、直接請求要求数を大きく上回る署名を集めることができた。横浜市の林市長は歴史的な港町横浜をカジノの博打町横浜にしようとしている。リコールしないとだめだ。

環境保護を訴えたグレダさんの住むスエーデンでは、子どものときから政治的権利を教えている。子どもにも意見表明権があること、SNSで広く訴えること、デモをして意思表示をしてもいいと教科書に書いてある。日本はいつの頃からか本当に政治意識が低くなってしまった、18歳の子どもに対しても、政治的意見を言うには早い、まだそういうことを考えなくていいなんて、親が子に言う。学校もしっかり教えない。以上のようなことを言ったあと、経産省の「汚染水を海に流す」問題等々を批判。当然嘘つき安倍を批判。嘘つき政治を許してはならないということにも言及された。

安倍の国会での嘘答弁が明かになってきている 11月26日(木)

放射能汚染水を海に流すなの大きなバナーも取り付けたのがよく目立つ。

桜を見る会前夜祭で安倍元首相側が費用の一部を負担していたことが報道されたことや、国会議員に女性が少ないので次の選挙で考えた方が良いなどの話題で盛り上がった。

とにかく安倍が国会で嘘の答弁していたことは許せない。

検察が起訴に持ち込んでくれたらと願うばかり。

それにしてもなぜ一部の人達しか怒らないのだろうか?

日本では韓国や香港のような動きにならないのが不思議な気がする。

「トイレで知る、感じる、考える社会のこと」カレンダーを受け取るため作者財津さんと待ち合わせてだったとか、明日の「東海第二原発止めよう!」の集会で販売するそうです。

老朽原発うごかすな!リレーデモでつなごう 展開中

関電本店ヵら美浜町の原子力事業本部まで

11月23日(月・祝):関電包囲大集会→12月9日(水)13時:美浜町関電原子力事業本部包囲行動(11月24日~12月6日までリレーデモ)

(参加者に交通費の補助が出ます 連絡先再稼働阻止全国ネット)

12/2(水)2つの抗議行動にご参加を!

1.とめよう!東海第二原発 20年運転延長・再稼働ゆるすな!

  日本原電本店抗議行動

  茨城県東海第二原発の再稼働工事を止めよ!

 日 時:12月2日(水)17:00より17:45

 場 所:日本原電本店前(住友不動産秋葉原北ビル 台東区上野5-2-1)

     銀座線末広町駅4番出口より4分 ※北ビルです!

                    南ビルではありません!

 共 催:「とめよう!東海第二原発首都圏連絡会」 

     「再稼働阻止全国ネットワーク」 TEL 070-6650-5549

2.「第87回東電本店合同抗議」放射能汚染水を海へ捨てるな!

  東電は2200億円の原電支援するな!

  東電は福島第一原発事故の責任をとれ!

 日 時:12月2日(水)18:30より19:30

 場 所:東京電力本店前(千代田区内幸町1-1-3)

 呼びかけ:「経産省前テントひろば」070-6473-1947

      「たんぽぽ舎」 03-3238-9035

 賛 同:東電株主代表訴訟など139団体

12月3日(木) 「アベ政治を許さない」のポスターを掲げる日

13時:国会正門前でも行います

12月4日(金)経産省前抗議集会(毎週金曜日)

時間:17時~18時 経産省前テントひろば