大本柏分苑L2

日本を代表する宗教家である出口王仁三郎聖師から直接指導を受け、北朝の血統のある出口栄二先生のDVDを世に問う事を 最大の眼目にして、日本の将来を見つめ直そうとしています。 トレードマークの表示画像は1924年聖師が入蒙時(53歳)の雄姿です。

2020年03月

~古事記と霊界物語~

     〔令和2年3月28日 藤井盛〕

〇国依別は出口聖師

出口王仁三郎聖師は、霊界物語第二十巻から登場する国依別は自分のことだと言われたという【註1】。  

国依別は登場早々、「嬶泣かせの家潰し」とか「後家倒し」と紹介され、お国、お光、お福、お三、お四つ、お市、お高など多数の先妻の名も出て来る(第20巻)。三五教の宣伝使松姫も昔のお松だと言い、「俺に秋波を送る様な奴だから、代物(しろもの)がどつか違つた所がある」(第21巻)などとのろける始末である。

出口聖師もまた、「多田琴と云ふ女である。或機会から妙な仲となつて居つた」とか「なつかしいやうな気がして、其女と同じ家に一宿することを嬉しく思うて居た」(第37巻)など、昔のことを赤裸々に語っておられる。

さらに、国依別が立派な神様から「お前はこれから浪速の里へ往(い)て苦労せよ。一人前になつたら世界を順礼せい」(第20巻)と言われたのに対し、出口聖師も大阪に初宣伝の時に、老易者から「これからお前サンの丹波に帰つてから十年間の艱難辛苦といふものは、今から思ふても真に可哀相な気がする」(第37巻)というように、二人とも若い時の苦労を告げられている。

また、国依別は高姫の「揶揄(からかい)役を仰せ付けられて居る」(第27巻)。玉から執着が離れない高姫を、偽神がかりで竹生島に玉探しに行かせたり(第25巻)、重箱に石を詰めて贈り、「如意宝珠玉さへ噛る狂女哉、岩さへも射貫く女の心哉」(第27巻)と皮肉っている。

しかし、玉の執着をとってやろうとする揶揄(からかい)も愛情表現である。また、松姫とのロマンスについても、国依別の話をウラル教の捕り手六人が聞き、「心の底より国依別の洒脱なる気品に惚込」んで三五教に改心してしまうのである(第21巻)。 

こうした人間味溢れるところも出口聖師に通じており、「聖師に面会すると、そのとたんに一切を忘れてよい気分になり、空っぽだった身魂が充実して来るのか何もかも忘れて、充ち足りたよろこびにひたる」【註2】とあるとおりである。

【註1】新月の光(下巻)第六章 昭和二十年

【註2】『愛善世界』令和2年2月号 「三千世界の大化物を観る」大国以都雄氏

〇国依別と言依別の一体的活動

さて、国依別を語るに何より特徴的なのが、国依別が、三五教教主の言依別と一体的に活動していることである。

二人は、飢餓に苦しむ村人に、昔から食べることを禁じられていた「御倉魚(みくらうお)」を食べさせて救い(第30巻)、また、琉球に渡り、琉の玉の精霊を言依別が、球の玉の精霊を国依別がそれぞれ腹に吸っている(第27巻)。

そして、二人はヒルの国の大地震を鎮め(第31巻)、アマゾン河に住むモールバンド、エルバンドの怪獣を逃げ去らしている(第32巻)。

なお、素盞嗚尊の分霊言霊別命が、少(すくな)彦(ひこ)名(なの)命(みこと)となった後に言依別として現れており(第22巻)、出口聖師も、自分の魂が素盞嗚尊のものである【註3】と言われている。明文はないが、出口聖師が自分だと言われている国依別もまた、素盞嗚尊の分霊ではないだろうか。「茶目式で揶揄(からかい)専門、淡白で正直で面白い奴」(第27巻)と評され、どこか憎めない遊び人風の国依別を通じて、瑞霊への親しみが一層湧いてくる。

【註3】わが魂(たま)は神素盞嗚の生(いく)御魂(みたま)瑞の神格に充されてあり  〔第41巻第16章 余白歌〕

〇七十五声の言霊

さて、この琉と球の玉などの御威徳が、次のとおり示されている(第27巻)。

〔琉、球の二宝〕風雨水火を調節し、一切の万有を摂受し或は折伏し、よく摂取不捨の神業を完成する神器。

〔五百津美須麻琉(いほつみすまる)の玉〕天ケ下に饑饉もなく、病災も無く戦争も無し又風難、水難、火難を始め、地異天変の虞なく、宇宙一切平安無事に治まる玉。

〔第27巻第13章「竜の解脱」要約〕

これらの玉により、宇宙一切が「平安無事」で一人も救いから漏れることのない「摂取不捨」の状態になることが示されている。さらに金剛不壊の如意宝珠について

〔金剛不壊の如意宝珠〕とも言ふ清き正しき言霊七十五声は、言霊の幸はひ助け、生き働く天地において、声あつて形なく、無にして有、有にして無、活殺自由自在の活用ある宇宙間に於て最も貴重なる宝であること。また、古事記の天照大御神の御神勅においても言向け和せ、宣り直せとあるとおりである。    

〔第27巻第13章「竜の解脱」要約〕

                       

このように、金剛不壊の如意宝珠である「七十五声の言霊」が、宇宙間で最も貴重な宝だということである。これは、古事記の天照大御神の御神勅にもあるということだが、「古事記略解」(第12巻)に天の岩戸を開いたのは、この七十五声の言霊だと示してある。これがみろくの世を開くとある。


(1)

 何か事件があると書店にはそれに関連した本が洪水のようにあふれる。多くは便乗本といわれるものだが、さすがに新型コロナウイルスに関する本はほとんど見かけない。今は印刷中でそのうちにどっと出てくるのかもしれないが、これがそれを取り出すのはそれだけ難しいという事情もあるのだと思う。テレビ等では専門家が新型コロナウイルスの事を論じているが、書籍の形でその知見を知りたいと思うが、そうは行かない。この本は2017年に出ているのだが、今回の新型コロナウイルスの出現を予測している所もあり、適宜な本である。

「感染症の巣窟になりうる中国 今後の人類と感染症の戦いを予想する上で,もっとも激戦が予想されるのがお隣なりの中国と、人類発祥地で多くの感染症の生まれ故郷でもあるアフリカであろう。いずれも、公衆衛生上の深刻な問題を抱えている。とくに、中国はこれまでも、何度となく、世界を巻き込んだパンデミックの震源地になってきた。過去三回発生したペストの世界的流行も、繰り返し世界を巻き込んできた新型のインフルエンザも。近年急速に進歩をとげた遺伝子の分析から中国が起源と見られる」(終章 今後、感染症との激戦が予測される地域は?)

 新型コロナウイルスは予測通り中国で発生し、今、パンデミックが宣言され、当初の楽観的な予想を裏切る事態になっている。こうした事態は僕らに不安を抱かす。不安を持たされるのは自然なことであるが、どのように対応すべきかよくよく考えてのことにしなければならない。自然災害などに遭遇した時と同じように心的な恐怖から感情的な行動をしてはならない。それは僕らが歴史的に学んできたことである。新たな病原菌(ウイルス)の出現が病状をもたらすものとして登場した時、人に与える不安や恐怖は正体が不明なところからやってくる。その不安と恐怖に駆られた時の人間の行動について僕らはいろいろの歴史を知っている。例えばペストのこと等がそうだ。最近、カミユの小説『ペスト』がよくよまれているのも、歴史を知ろうとすること欲求のあらわれである。

 新型コロナウイルスの出現で僕らはなるべき人との接触の機会を避けるよう呼びかけられ、イベント等は中止され、学校は一部を除き休校になっている。これらは有効なのか、どうか疑念もあるが、判断しかねているのが現状である。こうした中で不安感を募らせているのが現状であろうが、これに向き合うためには新型コロナウイルスについての正確な分析と認知がなければならない。僕らは新型コロナウイルスのことを情報で初めて知るのだから、コロナウイルスについての科学的の分析と認知が正確な情報としてもたらされなければならない。これが何よりも大事なことだ。科学的な分析や判断が情報としてだされるには自由が不可欠だが、これは疑わしい状況にある。新型コロナウイルスの主体を知る上で、そこには疑念をいだかされる状態がある。この本では中国は公衆衛生上の深刻な問題を抱えていることから、感染症発生を危惧しているが、僕はそこでの情報発信のあり方に疑念をいだいている。科学的で自由な情報として新型コロナウイルスが伝えられているとは思えないからだ。

(2)

 この新型コロナウイルスの出現が新たな感染症として不安をいだかされるとすれば、僕らが感染症の歴史を知らないことも要因の一つとしてある。最近ではヒト・コロナウイルスとして現れたSARSやMERSがある。また、エボラ出血熱のこともある。ただ、SARSはそれぞれ世界的に広がったが爆発にいたらずに抑え込まれ終息した。SARSは2002年の中国南部で出現し、世界30カ国の地域に広がったが、かかった人は8000人超であった。また、エボラ出血熱についてはいまのところ、地域的である。「感染症の世界的な流行は、これまで三〇~四〇年ぐらいの周期で発生してきた。だが、一九六八年の<香港かぜ>以来四〇年以上も大流行は起きてはいない。」(まえがき、「幸運な先祖」の子孫たち)。僕らの感染症への関心が一時的なところでとどまり、関心も一時的で過ぎて行ったこと、つまりは感染症を深く探索しないできたことがある。

 新型コロナウイルスでかかる病状を「感染症」というが、感染症は人類の出現とともにあるものだ。それは技術(医学)によって制圧されるものと期待されてきた。事実、技術(医学)は格段の進歩をとげている。僕の知人の感染症に関する専門家はこう伝えている。「数十万単位で感染症で人が亡くなっていた1950年以前に比べて現在では感染症による死亡数は画期的に減少している」(メールでの通信)。確かに感染症は医学の発展で制圧されてきた面も強いが、同時にそれをかいくぐるように新たな感染症も発生している。

 「微生物が人や動物などの宿主に寄生し、そこで増殖することを<感染>といい、その結果、宿主に起こる病気を<感染症>という。」(まえがき―「幸運な祖先」の子孫たち)。この感染症の流行から生き残った先祖の子孫が我々であり、そのために人間が自己免疫力を高め、防疫体制を強化すれば、微生物もそれに対抗する手段を身につけ、ここでは「軍拡競争」のようなことが生じているのだ、とこの本の著者はいう。遺伝子の解明によって、この軍拡競争的な微生物との戦いにせまれるようになったという。「地球に住む限り、地震や完全に逃れるすべはない。地震は地球誕生から続く地殻変動であり、感染症は生命誕生から続く生物進化の一環である」{まえがき―「幸運な祖先」の子孫たち}

 微生物は我々の生存にとつてなくてはならないものであるが、同時の我々を死にいたらしめる天敵でもあるが、その歴史を感染症の歴史として解明した本書は新型コロナウイルスの正体を知るに恰好のものといえる。本書は第一部『二〇万年の地球環境史』、第二部『人類と共存するウイルスと細菌』、第三部『日本列島史と感染症の現状』から成っている。最近の最強の感染症といわれるエボラ出血熱から、今後の感染症が地域はどこかという分析まで、感染症の歴史にについて書かれているが、僕らは感染症についての多くの知見を得られる。

(3)

 当初は楽観的な見解が見られた新型コロナウイルスだが、今は「パンデミック」の段階に入り、様相は変ってきている。世界の各地で緊急事態宣言などが発せられ、流行と拡大を防ぐ強い措置が取られている。この新型コロナウイルスはヒト・コロナウイルスとしては7番目のものと言われる。このうち、1から4までは通常の風邪の症状を示すウイルスといわれる。風邪は万病の元ともいわれ、怖い病気ではあるが、致死を招かないものとみられている。このウイルスとは違ったものとしてSAREとMERSがある。これは1から4のコロナウイルスよりは高い病原性があると言われた。SARSは2002年に中国の南部」(広東省)発生した。

「今後、どんな形で新たな感染症が私たちをおびやかすのだろうか、それを予感されるのが、中国を震源とする重症急性呼吸器症候群(SARS)の突発的な流行であろう。この強烈な感染力持ったウイルスは、二OO二年十一月に経済ブームにわく広東省深圳市で最初の感染者が出た」(第三章人類の移動と病気の拡散)。これは致死率が1から4のコロナウイルスよりは高く恐れられた。ただ、これは8000人の症例で2003年に終息した。

 このSARSやMERSに比して今回のコロナウイルスは病原性としては低く、その中間ではないかと言われた。これは河北省以外での中国での死亡率が0、2%であることを証拠とされた。それは楽観的見解の根拠ともされてきたが、新型コロナウイルスがSARSの例証も死亡者数も上回っていれば、わからないというべきかもしれない。ただ、武漢市は死亡率が高いと言われてきた。その原因として初期対応が失敗したためと言われている。感染症は「早期発見・早期対処」が大事といわれるが、そこを誤ったといわれる。水際作戦と称してきた日本の対応はどうなのだろうか。ダイヤモンド・プリンセスというクルーズ船での対処はどうだったのだろうか。そして、第二の原因として大量の患者が発生した時の医療インフラ対策が追い付かなかったためいわれる。これらは友人のメールで知らされたことだが、日本での対処の問題として検討すべきことのようにも思う。

(4)

 新型コロナウイルスは通常のインフルエンザによる健康被害より低い可能性があると言われているが、高齢者には結構厳しいものでもある。死亡者の多くは高齢者であり、かつ基礎疾患(糖尿病、高血圧、肝臓疾患、腎臓疾患)の保持者である。加齢と基礎疾患は免疫力を低下させるためだが、これを高齢者は避けられない。自己免疫力を高めることは健康維持に不可欠であり、高齢化に抗していくことだが、なかなか難しいことである。良薬は口ににがしというが、免疫力を高める日常活動は容易ではないのだ。

 新型コロナウイルの対する対処(対応)として提起されているのが感染者を隔離することである。また、接触を回避することである。ヒト・ウイルスは人の接触から起こるから、多くの感染症の流行時に取られてきた対応である。この古典的な対処策は現在でも有効であるのだと思う。だが、これは多くの問題を提起する。農耕社会の段階から離れれば離れる程、人間関係が増し、その密度を増やす、それが社会活動である。この本は医学の進歩に関わらず、次から次に感染症が発生する理由の一つにこの環境の変化を指摘している。これは人類の定住化や移動という初期段階から、都市化や移動も高速化と大量化してきた現在まで続くことだ。このような社会構成の変化は感染症の不断の発生源になるが、ひとたび感染症が発生した時のリスクも大きくなる。それは人間が隔離された関係の中で存在することが困難になっているからだ。経済的。あるいは文化的に人は隔離されては生きてはいけない。この問題では国家的な救済策などが提示されるが。それが対処できるのは極一部の限られたことにすぎない。隔離策に置いては何が合理的で有効かぎりぎりまで検討されなければならない。

 あらたな感染症が出現し、それが流行になる時、人々はそれに不安をいだき、恐怖心を拡大させて、様々な行動をとる。これは地震などによる自然災害がもたらすものや、戦争時にも同様の事が起こる。それは感染症の正体がわからず。そこから発生する不安や恐怖(これ自身は自然なこと)を過剰にし、それに対応した行動に誘導する動きが出てくるためだ。これは感染症の正体を科学的には理解し、冷静な対応することの対極にあるものだ。ここに情報が介在する。そしてまた国家が介在する。国家は対応策を独占し、そのために情報を操作する。僕らは危機的な状況において迫り出してくる国家的対応をみており、それは自粛という光景等である。権力の命令、あるいはそれを忖度した行動と言えようか。この本で感染症の出現と流行時に演じて来た悲劇の描写はそれを示している。感染症の流行時における振舞いは文明度を示しているといえるが、これは技術(医療)の進歩には対応しているとは言えない。感染症の正体を科学的に認知し、恐怖の意識を組織した権力の対処策に自発的に隷属していくのでなく、それに抗して、自分で考え、自由で自立的な行動をとることが重要である。この本はそういうことを随所で示唆してくれる。


そういえば今日は渕上太郎の命日だ 3月20日(祝) 

 さようなら原発の集会が新コロナウイルスの感染拡大防止のため中止になり、今日の金曜当番は座り込みに集中できた。また、今日は祝日なので、3時で終了した。後半のメンバー達と相談して今日は前半の当番だけで座り込みをすることにした。官庁街は流石に休日となると人通りが少ない。いつもの金曜日とは様子が違う。たまに通る人は若いカップルや外国からやってきた観光客。そして、ビルのメンテナンスをする現場労働者が目立つ程度で本当に少ない。

 やや風があったが、空はすっきり晴れて太陽が眩しい。徐々に日射しが強くなっていきそうだ。12時半頃には、メンバーがやって来た。そしてレジェンドさんも登場。腰が痛い痛いと言いながら毎日やってくる。なかなか真似できないことである。

 今日3月20日は亡くなったテント前ひろば代表の渕上さんの命日である。そのためか、DVD作成のメンバーがやってきてカメラを回す。渕上さんとの思い出をカメラに向かって話をする。私は渕上さんと2人で行った福島の話をした。2013年の3.11の前にいわき市や福島市、田村町、郡山市、喜多方市、福島で活動されている方々を訪ね共に旅した思い出を語った。渕上さんは反原発運動の中にある矛盾や反目を憂い、何とか一緒にやっていこうと努力されていたのだろうと思う。また、彼と一緒に3泊4日を過ごす中で改めて知ったことではあるが、極めて物を食べない。朝食で軽くご飯を食べ、味噌汁とお新香があればいいという。後は昼も夜も食べ物は口にしない。口にするのは麦酒と爪楊枝ぐらいのものだ。食の細い渕上さんだったがエネルギッシュな生き方をされていたと思う。

 レジェンドさんは渕上さんのことを高く評価していた。物静かでみんなが揉めていても渕上さんの一言で静かになってしまう。不思議な方だったなと言う。そして、決して威張らない。何とも言えぬ雰囲気があったなと盛んに語る。そんなリーダーを失ったが僕たちだが彼の遺志をついで前へ進んでいこうと思う。


今日は若い人が立ち寄ってくれた 3月21日(土)

 先週と打って変わり今日は暖か。青空の下で桜の花びらも違った色に見えた。それでも風に当たっていると冷えてくる。ニット帽とマフラーはまだまだ必要。

 ベビーカーを押した若い男性が座り込みの労をねぎらってくれた。その屈強そうな体格は小柄な御伴侶と対照的。赤ちゃんと3人で優しく微笑んでいた。

 今日は珍しく若い人が立ち寄ってくれる。一人で現れた男性からはカンパを頂いた。春爛漫。気分転換にアマチュアのダンスの動画を見つけました。子供から年配者、肌の色も様々で皆思い思いの振付で踊っているのに見事に呼吸があっている。一糸乱れずとは別の世界、それぞれ違っているから繋がれるのかなと思いました。

https://www.youtube.com/watch?v=_zdv23bAINM

Earth, Wind & Fire - "Lets Groove" | Phil Wright Choreography | Ig : @phil_wright_


淵上さんの墓参りから  3月22日(日)

 早いもので渕上さんが亡くなられてから一年が経った。彼の命日は3月20日だけど、今日,テントひろばの人などで墓参に出掛けた。春の日曜とくればどこにいても多くの人に出会う。まして、桜の咲きはじめなら。いつもなら、と一言、加えなければならない時節であるが。そいえば、今日はいつもよりは人は少な目であったが街はまだにぎわっていたと言えようか。それなりの人はいたといえる。

僕らはJRの八王子駅から渕上の眠る上川霊園までバスで出かけたのだが、霊園もそれなりの人だった。バスの窓から見えた桜も、霊園の桜も咲き始めだったが、談笑しながら坂道を上りながら、墓前についた。花と線香でお参りをしながら、それぞれ渕上のことを思った。誰からともなく、もれるような語りで、在りし日の渕上の思い出が続いた。僕は彼と歩いた箱根路のことが自然に浮かんだ。周囲の山が似ていたから。そう言えば福井の街を歩いたこともあった。渕上よ、時間は速いね、言葉の届かぬ世界に行ったにしても、君の遺したものは僕らの中に確実にある。それを思い出し偲ぶしかできないのは悲しいけれどね。

淵上は新型コロナウイルスの騒ぎに驚いているのかもしれない。声を上げられるものなら、例の口調で語っているだろう。片手に麦酒という姿で。渕上よ、オリンピックは中止にはならないが、延期にはなると思うよ。当然,中止になってしかるべきだがね。「汚染水はコントロールされている」という欺瞞的報告からはじまったこの「呪われたオリンピック」が通常に行くはずがない。復興、復興というけれど、それがいかに欺瞞に満ちたものかは、福島第一原発の現状を見ればいい、と君はいうかも知れないね。

新型コロナウイルスは予想もしない形で訪れ、世界の人々を恐怖に誘っているが、渕上はどんな風に言うのだろうか。いつもの日本の光景だよ、と渕上は静かにいうかもしれない。政府や支配層のことはともかく、僕等、庶民は、少しは変った光景を出現させたい、と渕上は例の静かな口調でいうだろう。そうだね、権力側の対処策に自発的に隷属していく振舞いではなく、自分で考え、自由で自立的な振る舞いをと僕も思う。眠りに誘われるバスの中で渕上に語り掛けていた。

                

私たちが着くまえから労働組合の人がビラ配り 3月23日(月)

経産省前に行ったら労働組合の人達がビラ配りをしていた。ビラをもらって見てみると電気・情報ユニオンという労働組合で、家電製品も作れば武器や原発も作る大手電気企業の方針に対して平和・環境・雇用と地域経済を守ろう❗を合い言葉にして活動している組合であった。彼らが昼の集会を終えるまで横に陣取ってその集会に参加した。ビラの受け取りは悪くなかった。霞が関の労働者も派遣が多いと言われているので当然であろう。アピールの中で注目したのは黒字でありながらリストラをしている大企業の実態である。NECでは二千人がリストラされているとのこと。今日の東京新聞の一面でもこの事が取り上げられていてコロナウイルスによる経済的打撃を理由にこれが加速されると分析している。       

新自由主義の下では労使協調の連合組合に加入していては生活は守れない!資本と闘って労働者の生活を守ってくれる組合と共に労働者自身が立ち上がらないと。彼らが終えたあと何時もの場所に移動して座り込みを続けた。今日の経産省前はコロナウイルスの影響でテレワークに従事している労働者が多い為なのか人通りは多くなかった。天気も曇り空で一日中寒かったので元気よく原発反対・沖縄辺野古闘争のCDを大音響で掛け続けた。

 4時前から夕方の霞が関デモ、テントひろば三人組が始めた・桜を観る会糾弾官邸前行動に参加する人達が集まってきた。そのあとレジェンドさんも国会前抗議行動を終えられて来られ賑やかになった。最後に。きょう皆さんが首を長くして待ち望んでいた椅子が、我々が事務所を出る寸前に配達されてきました。明日から新しい気分で座り込みが出来ると思います。コロナウイルスに負けず頑張りましょう。座り込みを終えたあと先程の二つの抗議行動に参加しました。レジェンドさんは薄着で寒いと言っていたので風邪を引いたら大変なのでお引き取り願いました。


新しい椅子は嬉しいが何せ風が強くて 3月24日(火)

事務所に着くと、新品のパイプ椅子が6脚予定より早く届いておりました。早速荷解きをして、経産省前座り込みの場所にセットした。

値段も安かったのに、比較的しっかりとしたパイプ椅子で、色も黒でバッチリでした。セットは、北風が強くとても横断幕は無理、ノボリ旗は短めにして固定座っていないと椅子ごと倒れてしまう。そのうち突風が来て、先日の経産省前で書類を飛ばされて翌日まで探していた人がいたという報告がありましたが、今日はこちらもテーブル事吹き飛ばされて、チラシ類の箱はおろかカンパ缶、携帯電話も散乱、チラシの一部は財務省前まで飛んで行ってこれは回収を諦めました。

その後も北風は止まず肌寒い日でありました。この中でも、レジェンドさんは、原発は反対ですと通行人に呼びかけておりました(敬服!)


「日の丸・君が代」強制裁判は逆転勝訴 3月25日(水)

太陽の光は強い。でもパラソルを広げるほどの強さではない。もっとも、風が強く、パラソルは広げるのをやめようとなった。経産省前に着いた時は自転車のメンバーが到着していて、設営を手伝ってくれた。

座り込みをしながらの話はオリンピックとコロナのこと。メンバーは許せないと思うことを次々と展開。そして原発反対のCDをかけていた。座り込みを見ながら通る人には、「原発反対です」というと、にっこり笑ってうなずいてくれる人が何人かいた。当番はコロナにも負けず元気。

13時30分頃に、規制委員会前で抗議をしてきた、メンバー達が到着。お弁当を食べたり、メンバー手製のパンを食べて少し休息。今日は、「日の丸・君が代」の強制・処分に屈せず、卒業式の君が代起立斉唱の時、坐り続けて停職6ケ月の処分を受け続けた根津公子さんの控訴審判決の日で、「根津・河原井裁判」と言われるように河原井さん(瓦せんべいの人)も関係しているので、メンバー達は裁判傍聴の前にテントに寄る。3時からの裁判なので、14時30分ころ、裁判に行く。

その他に、9条改憲阻止の会の方達、ドンキホーテさん、レジェンドさんが座り込み。メンバーも今日はゆっくりと演説。10人以上にもなり、賑やかな一日だった。根津さんは逆転勝訴。6ケ月の停職処分は都教委の裁量権の逸脱。根津さんは戒告処分。メンバーが電話で知らせてくる。よかった。根津さんの闘いはやっぱりすごい。


3月26日(木)

今日は、「もんじゅ・西村(怪死)事件」の裁判があって、その公判に参加された人が寄ってくださり、暫くメンバー達とお話をされていきました。その後は、昨日の日誌にありました、東京高裁で出された「河原井・根津、日の丸・君が代裁判」の逆転勝訴判決の件で盛り上がりました。

14時頃に後半担当のメンバーが来ると、オリンピックの延期、コロナウイルスの話題でこれまた賑やかに。次には缶バッチや、映画の自主上映会などのチケットを扱っている、メンバーが来て「座り込む、アベノウイルス絶つ日まで」のプラカードを作成して通行人にアピールしていました。

                                  

4/1(水)2つの抗議行動にご参加を!

1.とめよう!東海第二原発 20年運転延長・再稼働ゆるすな!

  日本原電本店抗議行動

 日 時:4月1日(水)17:00より17:45

 場 所:日本原電本店前

        (住友不動産秋葉原北ビル 台東区上野5-2-1)

         銀座線末広町駅4番出口より4分

 共 催:「とめよう!東海第二原発首都圏連絡会」

     「再稼働阻止全国ネットワーク」 TEL 070-6650-5549

2.「第79回東電本店合同抗議」

  東電は福島第一原発事故の責任をとれ!

 日 時:4月1日(水)18:30より19:30

 場 所:東京電力本店前(千代田区内幸町1-1-3)

 呼びかけ:「経産省前テントひろば」070-6473-1947

  「たんぽぽ舎」 03-3238-9035

 賛 同:東電株主代表訴訟など137団体

4月3日(金)「アベ政治を許さない」ポスターを掲げる日

12時:国会正門前にて行います。

4月3日・10日(金)経産省前抗議集会

 時間:17時~18時 

↑このページのトップヘ