大本柏分苑L2

日本を代表する宗教家である出口王仁三郎聖師から直接指導を受け、北朝の血統のある出口栄二先生のDVDを世に問う事を 最大の眼目にして、日本の将来を見つめ直そうとしています。 トレードマークの表示画像は1924年聖師が入蒙時(53歳)の雄姿です。

2019年09月

今日は大きなイベントがあった 9月22日(日)

この日は私たちにとっての大きなイベントが重なりました。

一つはイットク・フェス、国会を取り囲んで11個ものステージを作り、様々なジャンルの音楽で物申す集まりでした。テントからも椅子やパラソルを貸し出し、メンバーは大型テレビを、日曜グループからはタープ(屋根だけテント)を貸しました。それからたんぽぽ舎の30周年記念行事。これに行った人もテント内に多かったはずです。

そういうわけでやや人出が少なかったか日曜座り込み、しかしイットク・フェスの出番が終了してコンビニに向かって歩いている人をゲット、一緒におしゃべりしました。この日のスター(?) はしばらくぶりに登場の、我が日曜の「顔役」、深々と椅子に寄りかかり、いろいろある若者たちをしっかりお説教していました。大人しくお説教されている若者たちの姿もある意味、日曜名物?

もう一人の「顔役」はゴミ拾い手伝わせながら若者にお説教。これもまた味のあるおじさんっぷりです。

小泉進次郎の発言にあきれている人多し 9月25日(水)

今日はいい天気。暑い。風が強くて、途中でバナー1枚をはずす。小泉進次郎の調子いい発言にあきれていた。テレビでさえ指摘していたけれど、無内容な言葉をいったり、何を言っていいのかわからないらしく、押し黙っていて、笑ってごまかしていた。

蚊がいてメンバー達も刺される。保っちゃんはパンを持ってきてくれる。今日来た人たちで分ける。いつものように自分のケイタイマイクで演説。9.19東電刑事裁判の批判もする。今日は厚労省前で、「9.25緊急アクション『ゲノム編集食品はいらない!』ヒューマンチェーン」が「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」の主催で行われ、それに参加した人がテントひろばに寄ってくれた。

 千葉から来られたYさんは、テントニュースを撒いてくれた。取る人は少ないが全ての通行人がとらないわけではないので、ニューは撒いた方がいいと思った。経産省にバスで来た人たちがいて、こちらを物珍しそうに見ていた。アジア系の人に思えたので、「原発反対」「NO NUKES」と叫んだらわかってくれたようだった。

 あと、今日は月の最後の水曜日で、原発反対の裏門行動(正門・本館に対して裏門・分館があり、分館の方に原子力行政にかかわるセクションがある)が行われる日で消費者連盟の富山さんが少し早いのでと言って、座り込みに参加してくださった。レジェンドさんと同じくらいのお歳なので90歳を越える。お元気でいつもいろいろの行動に参加しておられる。すごい。暗くなってきたので5時30分で座り込みを終えた。


消費税値上げ日近づく、何でこんなに複雑なの 9月26日(木)

家を出た時は日差しが強かったが、経産省前に着いたら曇りで少し涼しかった。パラソルはやめて椅子を並べ幟とバナーを取り付けてメンバー4人で座り込む。

座り込みながら『NONUKE SVOIS』(雑誌)の原発事故によって自殺に追い込まれた三人の「心象風景」を読んで原発事故のもたらした悲劇を改めて思う。

原発は本当に必要だったのか?これからも必要なのか?関係者は良く考えて欲しいと思う。勿論私たちは必要ないと思っているのだけれど…

そして会話はもうじき始まる消費税増税のこと。ポイント還元だの軽減税率だのよく判らないことばかり。生協で買う食品は8%? 外食についてはテレビでもやっているけれど・・・何でこうすべてを複雑にしてしまうのだろう。もっと単純に出来ないのかなあ!


JKS(日本祈祷団)が原子力むらを糺す 9月27日(金)

だいぶ過ごしやすくなった。この陽気がしばらく続くとよいのだが。経産省前まで来て荷物を降ろし幟旗やバナーや椅子、テーブルを準備し座り込む今日はイロハネットの4人の女性と目黒の自転車の君と私の6人でスタート。すぐにメンバーが加わり7人で座り込み開始。

 若い警察官がやってきて、今日は何時まで座っているのか尋ねてきた。交代しながら6時までですよと答える。(本当は峠の茶屋が閉まるのが9時ぐらいだからもっと遅いのだが…)聞いたことを一生懸命に記録に取っていた。ついでに所属を聞いたら、第7機動隊とのことだった。

 暫くしてから、女性がやって来た。デモ情報を頼りにやって来たそうだ。なんでも長野県からやってきたそうで反原発運動だけではなく沖縄や南西諸島に展開する自衛隊に対する反基地闘争など様々な運動にもかかわっているそうだ。暫く一緒に座り込んでもらった。

 2時をまわってからJKSのメンバーがやってくる。今日は月1回の日本祈祷団四十七士(JKS)による月例祈祷会だ。三時ちょうどに開始する。黒い装束を身にまとい太鼓と打ち鳴らし経産省をはじめ政財界の愚かさを正していくという、テントひろばを支援してくれる友好団体であり、そして、大口のカンパをしてくれる団体である。最後にテントを代表して挨拶をする。朝鮮半島の歴史に向き合い,現代の慰安婦問題や徴用問題工に真摯に向き合わねばならない,と訴える。


腐った関電原子力マネー、汚れた水は東電2Fに  9月27日(金)

 昼に新橋駅に出て駅前AP新橋ビルに入り、12時半からエネ庁「第14回多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」を傍聴。会場には多数のテレビカメラと記者が会議席と傍聴席との間に入り、委員の顔が見えない。2時間半の会議では、タンクを増設するにはイチエフの敷地が2022年夏に一杯になると東電が説明。2F(東電福島第二原発)に持っていけばいいのではないか? 予測報道に反して、委員からの異論も多く、小委員会は何も結論を出さなかった。

 遅れて経産省前に着き文科省の朝鮮学校差別の抗議に少しだけ参加した後、経産省抗議行動を開始。関電会長らが3億円も高浜兆元助役から受け取っていた報道を伝えた、どちらが金を受け取ったのかを間違えないように注意して。腐った原子力マネーがまたまた明らかになった。

 前々日の武藤類子さんのお話の報告を受けて「福島原発刑事訴訟支援団」からの署名に協力、さらに前述のトリチウム汚染水対策の小委員会報告。

 終了後、沢山の方々に手伝ってもらって椅子や横断幕を整理。事務所への搬入はS・Sさん他がしてくれた。感謝!

 私は、第4金曜日ゆえ首相官邸「裏」に回って、「安倍はやめろ」「菅もやめろ」「麻生もやめろ」「萩生田もやめろ」と叫んだ。長野からの女性も大声で「安倍政治を許さない」「消費税を上げるな」を訴え、鬱憤を晴らして帰った。


関西電力、原発利権ってやつか 9月28日(土)

今日は曇りで涼しいと思いきや青空と陽ざし。それは夏の残り火のような熱さだった。すでに蝉の声は聞こえなかった。夕方近くにはやっと涼しくなったが蚊が出てきた。

〇関西電力

 高浜町の元助役から1億8千万円改め3億2千万円。それってキックバックというやつかな。こういうのをWin-Winというのだろう。ちなみに安倍の場合はLose- Win、もしくはbowwow(わんわん)だろう。


脱原発青空テント川柳句会が開催 9月29日(日)

選者は乱鬼龍氏、席題は「金(カネ)」「道」13時開始で15時25分投句締切、15時40分より入選者の発表、披講となりました。

秋らしく屋外に居るのが嬉しくなるような良いお天気で、爽やかな秋風も吹いていました。

今回の参加者は9名、選者より入選句が読み上げられ、入選者へお茶や果物やクリアファイル、雑誌などの景品が手渡されました。

入選句は以下の通りです。

「金(カネ)」

特選

・亡霊になっても悪貨身にまとい - 草地

秀句

・問題の原発不正帳簿外 -  原子力ガリレオ

・東電は金をおしんで事故おこし - 乾草

・原発は汚れた水金垂れ流し - 水蓮仏

・絞るだけ絞り切ろうと棄民国 - 芒野

・受信料ダシにN国丸もうけ - 無位史膳

「道」

特選

・戦争の放棄変えさせ民放棄 - 芒野

秀句  

・夜も日も平和憲法道遠し - 落葉

・禅の道経産省前座り込み - 原子力ガリレオ

・極道が原発カジノ生きる道 - 水蓮仏

・人の道外れた人の国づくり - 草地

・安全の責任問わぬ法の道 - 無位史膳

次回の脱原発青空テント川柳句会は2019年10月13日(日)13時より開催いたします。皆さま是非ご参加ください。


原子力ロビーによる放射線被曝の押付けを拒否しよう! その22

福島の小児甲状腺がん多発を否定し、県民健康調査結果を歪曲する復興庁担当

~「放射線のホント」・「放射線副読本」による「放射線リスク隠し」を許すな!~

2019年09月30日  

 去る8月29日に「地球救出アクション97」ほかが参議院議員会館に復興庁を呼んで、「放射線副読本」撤回を求める署名を提出するとともに、事前質問に対する回答を求めた。その折に復興庁担当からとんでもない回答が出た。

A 福島で小児甲状腺がんは(全国と比べて)多発していない

B 県民健康調査で小児甲状腺がんは放射能による影響でないと確認した


 これはどちらも全くの出鱈目であり大嘘だ。

 Aは日本中で誰だって知っている間違いだ。既に小児甲状腺がんが270例以上であることが判明しており、全国の小児甲状腺がんの発生は百万人に1~3人(国立がん研究センターによれば)だ。明らかに福島県(人口約185万)で小児甲状腺がんが多発している。すぐに私が間違いを指摘したら、復興庁職員は黙ってしまった。

 復興庁の担当が間違った「放射線のホント」や間違った「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」を読んで、この様な嘘を述べていることが恐ろしい。

 

Bは、本シリーズの前回「その21 ICRPがドラフト文書を公開、いよいよ福島の被曝影響隠しの総仕上げか~牧野淳一郎さんが指摘する県民健康調査と東大・福島県立医大とICRPの大問題~」で書いたとおり、原子力ロビーたちの目論む嘘だ。

 多くの「国民」が騙されそうだが、県民健康調査が放射線による影響が有意な差が出ないように統計をとっただけで、放射能の影響でないと証明された訳では全くなく、結論は今後の調査待ちだ。

 一方で、ICRPの勧告ドラフト文にも、小児甲状腺がんの原因が放射線の影響ではなさそうだとの間違った記述が挿入されており、ICRPパブコメで多くの人が指摘している(10月25日締切、意見を公表中:http://www.icrp.org/consultation.asp?id=D57C344D-A250-49AE-957A-AA7EFB6BA164)。更に他の方もぜひ意見を出してもらいたい。


 この復興庁との交渉で、文科省「放射線副読本」に復興予算が使われていることも確認された。

 それにしても、安倍政権の復興庁も文科省も他の省庁も、とんでもない真実隠しをし、それを国の内外に発信している。「放射線のホント」も「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」も「放射線副読本」も「放射線リスクに関する基礎的情報」(10省庁)も、安倍政権による「放射線リスク隠し」である。

 しっかり監視し、厳しく糾弾しなければならない。

福島原発刑事訴訟支援団からの願いです。

9月19日、東京地裁は東電元経営陣に無罪判決を下しました。

結論も内容も、酷い判決です。

福島原発刑事訴訟支援団では、検察官役の指定弁護士の皆さんに、控訴のお願いをする緊急署名をはじめました。

▼【緊急署名】東電刑事裁判元経営陣「無罪」判決に控訴してください!

http://chng.it/7gHfXnFkK7

控訴期間は2週間です。

短期間のため、ネット署名のみでお許し下さい。

SNSでの拡散、MLへの転送、各自最大限の波状アクションをお願いします。

________________________________________

2019年9月19日、東京地方裁判所は、東京電力の元経営陣3名の福島原発事故における業務上過失致死傷の罪について「被告人らは、いずれも無罪とする」という判決を下しました。

この判決は、原発が過酷事故を起こさないための徹底的な安全確保は必要ないという、国の原子力政策と電力会社に忖度した誤ったメッセージであり、司法の堕落であるばかりか、次の過酷事故を招きかねない危険な判断です。

2016年2月29日の強制起訴から、検察官役として指定された5人の弁護士のみなさまは、この重大事故の責任を問うために大変なご苦労をされてきたということを、公判の傍聴を通じて感じており、心から感謝しております。裁判所が配布した判決要旨を読むにつけ、裁判所がこの原発事故の被害のあり方、被告人らの行いに対し、正当な評価をしたとは到底思えません。

私たちは、この判決では到底納得できず、あきらめることはできません。

どうか、指定弁護士のみなさまに、控訴をして頂いて、引き続き裁判を担当して頂きたくお願い申し上げます。

多大な仕事量とそのお働きに見合わない報酬しか、国からは支払われないと聞き及んでいるところを心苦しくはありますが、正当公平な裁判で未曾有の被害を引き起こした者たちの責任がきちんと問われるよう、再び検察官席にお立ち頂けますようお願い申し上げます。

福島原発刑事訴訟支援団

https://shien-dan.org/

10月2日(水)とめよう!東海第二原発 20年運転延長・再稼働阻止

 東京原電本店前行動 17時~17時45分 銀座線末広駅4番出口4分

10月2日(水)第73回東電本店合同抗議

 東電本店前抗議行動  18時30分~19時30分 三田線内幸町駅下車

10月3日(木)は「アベ政治を許さない」を一斉に掲げる日

国会正門前 13時~

10月6日(金) 経産省前抗議行動 17時~18時

        検定前抗議行動 18時30分

~天祥地瑞第七十八巻より~

    〔令和元年九月二九日 藤井 盛〕                          

平成の天皇ご誕生の昭和八年十二月二十三日、出口王仁三郎聖師が天祥地瑞第七十八巻で、そのご誕生を讃えておられる。

また、大戦で県民の四人に一人が亡くなり、その後も長く米軍占領下にあった沖縄の地元紙も、今年四月末の平成の天皇のご退位について、社説で「象徴天皇たるの務めを全うした」と高く評価している。これらのことをまとめてみた。

 〇天皇ご誕生を祝われる出口聖師

出口聖師は、天祥地瑞口述期間中の昭和八年十二月二十三日、同日ご誕生の平成の天皇を祝って、次のように天祥地瑞に記しておられる。

本章を口述し初むる折しも

  皇太子殿下御誕生遊ばさる

 との号外来り、我国民の魂を蘇へらせ歓喜せしめたるぞ畏けれ。

   

   〔第七十八巻第一八章「神嘉言(かむよごと)」余白。三版

三四○頁〕 

「皇太子殿下御生誕遊ばさる」の活字は大きく、「我国民の魂を蘇へらせ」や「歓喜せしめ」などの讃辞で祝っておられる。

 

○葦原神国と戦後民主主義の成立

しかも、口述がなされた第一八章「神嘉言(かむよごと)」は、国津神と天津神の立場が逆転し成立した「葦原神国」を寿(ことほ)いだ場面である。

  天晴(あは)れ天晴れ豊葦原と栄えます

神の御国は生れけるはや

  光ある国津神等を選(え)りあげて

国の守の神と依さしぬ

国津神が天津神に替わって新たに国の政治を担うという場面である。日本が、昭和二十年八月の敗戦により、天皇主権から国民主権へと変わり戦後の民主主義が成立することを、あたかも予言するかのような内容である。

新国誕生の寿ぎという天祥地瑞の中で展開される物語の世界と皇太子誕生という現実の世界での出来事とが、十二月二十三日というまさにその日で一致しているのである。こうした形で進められる救世のお仕組みに、改めて不思議を感じざるを得ない。

 ○沖縄地元紙「琉球新報」の社説

平成の天皇の退位について、沖縄の地元紙「琉球新報」が社説を出している。平成の天皇に対して好意的である。

琉球新報〈社説〉天皇陛下あす退位 平和希求の精神を次代に (二○一九・四・二九)

            〔註:傍線は筆者〕

皇太子時代を含め十一回来県された天皇陛下が退位する。平成の三十年間、県民と交流を重ねながら沖縄への思いを深めてきた。その姿勢は日米両国のはざまで苦悩し続ける沖縄の平成史を振り返る上でも重い意味を持つ。

沖縄に対する陛下の思いは昨年十二月の会見で語られた「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきた」「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはない」というコメントに凝縮した形で表れている。

発言は、太平洋戦争の末期に沖縄を本土防衛の「捨て石」に供し、戦後は沖縄の施政権を切り離して、平和と安定を獲得した現代史の裏面に光を当てるものだ。それは、沖縄の厳しい境遇に無関心な多くの国民に自覚と反省を促すものとも言えるだろう。

陛下は沖縄戦犠牲者を追悼することで沖縄に寄り添う姿勢を示し、平和を希求してきた。その精神が令和の時代にも続くことを願う。

沖縄の文化や伝統芸能にも造詣が深い。在位三十年記念式典では陛下が作った琉球歌が県出身歌手の歌唱で披露されたことも話題になった。

即位後の発言や行動は、沖縄を戦場にしたことへの贖罪(しょくざい)の念の表れであろう。来県のたびに糸満市の国立戦没者墓苑や平和施設などに赴き、沖縄戦体験者や遺族らと語らう陛下の姿は、皇室に対する複雑な県民感情を和らげた。


37
近 衛 文 麿 元 首 相 が 終 戦 を 具 申 し た 一 九 四 五 年二 月 の 「 近 衛 上 奏 文 」 を 昭 和 天 皇 が 受 け 入 れ た なら 、 沖 縄 戦 の 惨 禍 は 回 避 で き た か も し れ な い 。昭 和 天 皇 が 米 軍 に よ る 沖 縄 の 長 期 占 領 を 望 むと 米 側 に 伝 え た 四 七 年 九 月 の 「 天 皇 メ ッ セ ー ジ 」も 沖 縄 の 米 統 治 に 影 響 を 与 え た 可 能 性 が あ る 。 新憲 法 下 で の 政 治 的 行 為 だ っ た 。
沖 縄 に 関 す る 限 り 昭 和 天 皇 に は 「 戦 争 責 任 」 と「 戦 後 責 任 」 が あ る 。 そ れ ら を あ い ま い に は で きな い 。 二 度 と 同 じ 悲 劇 を 繰 り 返 し て は な ら な い から だ 。
九月 七 日 の 一 時 間 半 番 組 、 E T V 特 集「 昭 和 天 皇 は 何 を 語 っ た の か ~ 初 公 開 『 拝 謁 記 』に 迫 る ~ 」 で は 、 「 天 皇 メ ッ セ ー ジ 」 の 説 明 が あっ た 。
な お 、 こ の 「 天 皇 メ ッ セ ー ジ 」 は 、 沖 縄 県 公 文書 館 で も 米 国 国 立 公 文 書 館 か ら 収 集 し た も の とし て 公 開 さ れ 、 ホ ー ム ペ ー ジ で も 見 る こ と が で きる 。 説 明 文 が つ け ら れ て い る が 「 そ の 意 図 や 政 治的 ・ 外 交 的 影 響 に つ い て は な お 論 争 が あ り ま す 」と 申 し 添 え て あ っ た 。
ま た 、 E T V 特 集 で は 、 「 拝 謁 記 」 の 一 九 五 一年 一 月 二 四 日 の 記 録 も 併 せ て 紹 介 し て い た 。
マ ッ カ ー サ ー が 「 沖 縄 と 小 笠 原 を 日 本 の 領 土 とは し な い 」 と 言 っ た こ と を 昭 和 天 皇 が 聞 い て 、 「 徳川 時 代 以 下 と な る 。 実 質 は 違 っ て も 主 権 だ け は 認め て ほ し い 」 と 言 っ た と い う 内 容 で あ っ た 。

降ってはやみ、やんでは降るその繰り返し 9月18日(水)

今日は雨。座り込みグッズをセッティングするときはかなり降っていた。定刻通りに座り込みに入る。

涼しいと言えばそうなのだが、蒸し暑い感じでもある。降っては少しやみ、また降るその繰り返し。基本的に3人の当番だけ。メンバーはいつものようにパンを持ってきてくれる。

2時頃、規制庁前での抗議行動を終えたメンバー登場。今日のような日も右翼が来て、規制庁前での抗議行動に「原発は必要だ。じじぃ行動をやめろ」と介入してくるそうだ。

いつものように、経産省前では職員と通行者に対して原発は恐ろしい、制御できない核を使う愚かさなどを訴えていた。

今日は国会の議員会館で「統合型リゾート施設(IR=Integrated Resort)の誘致」問題の学習会があるそうでそっちに行かれた。入れ違いにレジェンドさんが来られる。

今日は17時座り込みを終わる。


東電刑事裁判判決は不当(?)それを超えている9月19日(木)

今日は、東電刑事裁判判決日、一度事務所に行き自転車で東京地裁前行動に参加して再び事務所に戻り、座り込みの機材を台車に乗せて(いつもより椅子を多めに用意した)経産省本館前に着くとあの高価な自転車で来る人が、久し振に来ていました。早速二人でセッティングをして完了すると、上記の公判傍聴に入れなかった人達で、たちまち椅子は満杯に、あぶれる人も出ました。その人達に傍聴希望者数を聞いたところ何と832人で一般の傍聴者は104号の大法廷にもかかわらず僅か43人しか、傍聴出来ないとの事でした。

この刑事裁判の訴訟指揮していた裁判長は、当初より過剰な身体検査、手荷物検査をして傍聴人に、散々嫌がらせをしていた。13時20分頃に東京地裁方向より、風に乗って大きな声が聞こえて来た、すると間もなく保さんより、東電の被告人3人が全て無罪との、不当極まりない判決が出て今怒りの抗議集会を地裁前で行っているとメールが届いた。

この腐りきった司法を、どう変えていくのか?私自身は諦めることなく、粘り強くしたたかに闘っていくしかないと改めて決意をした。座り込みを撤収して、議員会館前での19日行動に参加しましたが、そこでも民主主義の根幹である

三権分立がこの不当極まりない判決をみても、ぶっ壊れている事を指摘している発言がありました。


前日の判決に抗議する集会が地裁まであった 9月20日(金)

今日は気温が下がると聞いて長袖を1枚羽織ってきたが、動くと汗ばむ。台車で経産省前まで来ると薄っすらと汗ばんでいる。高級自転車に乗った見黒の男性もやってきて、セッティングを手伝ってくれる。無事セッティング終了後、昼食をとる。パラソルの下は日陰になって過ごしやすい。確実に秋を感じる季節になった。

 座り込んで暫くすると、1時から昨日の判決について地裁前で抗議をするので参加お願いします。と、たんぽぽのYさんがトラメガを担いでやって来た。その時の座り込みメンバーを数えたら、7名。留守番は半分いればいいかと思い3名が参加することにし、地裁前に向かった。

 1時ぐらいに地裁前に到着したら、もう始まっていた。抗議するメンバーは10名前後。国の地震予測「長期評価」に基づけば15.7mの津波の試算がありながら対策を取らなかった東電経営陣を糾弾する。あれだけの甚大な被害を引き起こしておいて罪に問わないなど、裁判官はどこを見ているんだ、と永渕裁判長の判決文を批判する。裁判官は法と良心に基づいて判決文を書くと小学生のころ学んだはずである。自分の立身出世のために書いたとしか思えないようなは判決文である。司法は死んだ。日本には三権分立がないのか。安倍政権を忖度する裁判所に成り下がっているではないか。等々思いのたけを訴える。時々、裁判所の職員が門の外に出てきて我々抗議している人々の様子をうかがいに来る。裁判所の判決がどうあろうと、反原発の我々の運動は続けるのだ、と訴え抗議行動を終える。

 40分ほどの抗議を終え、経産省前に戻る。心なしか、いつもより多くのメンバーが座り込んでいるように思えた。地裁の判決に対する怒りが参加者の一人一人に渦巻いているようだ。

経産省前も文科省前も司法への怒り沸騰 9月20日(金) 

3時過ぎに到着、座り込みでは前日の福島原発事故の東電旧経営トップ3人無罪判決に怒り。15.7mの津波を学会が予見、担当が防潮堤計画、トップがちゃぶ台返しで延期、その結果これだけの大事故を招いたことは明らかなのに。

 4時を過ぎたら俄然座込み者が減る。多くは文科省抗議行動に移動したのだ。ここでは、最高裁の差別判決にもめげず沢山の高校生が来て抗議行動を続けていた。

 経産省前で撒いていたチラシを受け取った米国人と雑談、日本在住が長い近所の歯医者さんで持っていたギター片手にマイク牧の「バラが咲いた」を歌ってくれる。

 経産省抗議行動でも、安倍政権のみならず司法の劣化を問題視。福井地裁の大飯再稼働差止を命じた樋口英明裁判官も、朝鮮学校の授業料無償化除外は違法との判決を出した大阪地裁西田隆裕裁判官も、名裁判として歴史に刻まれるのであろう。まともな裁判官がまだまだ居ると信じたいが…。「座り込め、ここへ」などを守屋真実さんが歌ってくれた。

 早めに片づけで峠の茶屋営業開始前に帰路に。今週は5日間連続で都心に出てきてしまった。


東京電力旧経営陣に無罪判決で終りではない 9月21日(土)

時折風に流されてきた雨粒が落ちてきたが傘をさすほどではなかった。ずっと曇りが続いたので普段ならば10分ごとに変化するけやきの幹の陰影はまるでアトリエの中にいるように変わらないままだった。こんな日は一年のうちで僅かしかない。どんよりとした曇り空だがスケッチをする私には最高の贈り物だった。

〇東京電力旧経営陣に無罪判決、これって原発事故は合法ということ?

 東京地検が2度も不起訴としたが、検察審査会がその都度「起訴すべきだ」と議決したことにより始まった裁判は驚くべき結果となった。

 避難者たちが起した各地の民事訴訟では「大津波は予測可能で事故は防げた」として、東電の過失を認める判決が相次いでいたというのに東京地裁永渕健一裁判長曰く。

 「事故を回避するためには、運転停止措置を講じるほかなかったが、運転停止すればライフラインや地域社会にも一定の影響を与えることを考慮すべきだ。予測に限界のある津波という自然現象について、想定できるあらゆる可能性を考慮し、必要な措置を講じることが義務づけられれば、原発の運転はおよそ不可能になる」

 不可能にしたいのだよ。わからないのかな、裁判長。これでは実際に事故が起きるまでは原発を動かして良いといっているように聞こえる。「司法」という字は「死崩」に改めよう。

 原告の敗訴とはいえ闇から闇に葬ることを許さなかったことは大いに評価すべきだろう。悪い奴ほどよく眠るというが枕を蹴とばすことはできたかもしれない。


国会周辺では「イットク フエス2019!!」が9月22日(日)

 朝は青空ものどかせていたのだが、天気予報ではあめとのこと。最近は天気予報もわりとあたるから、やばいなぁという嫌煙が頭を掠める。というのは今日は国会周辺では遅くまで(20時まで)、「イットク フスス 2019」があるからだ。座り込みのほうは午後4時までなので天気は持つだろうと思ってはいたが。

 このフェステバルに顔をだした。これは国会前の官邸から下ってきた茱萸坂、国会議事堂の正面の正門前、憲政会館前、国会図書館前など9か所でロックなどを響かせるものだ。いつもの政治的な意志表示とは違うが、権力に対する意思表示として企画されていたようだ。もう少し経つと銀杏の匂いがみつ銀杏の木に守られ(?)、歌声が響いた。国会周辺をまわりながら、「歌う茱萸坂ステージ」で少し足をとめた、「コバやん」「ドントウォーリーズ」というメンバーの歌をきいた。とてもよかった。僕は最近、一人でカラオケに行って気晴らしに歌うことがおおいが、こういうステージもいいなと思った。障害のことをテーマに含んだドントウォ―リーズの歌は心に響いた。ユートピアという歌を聞きながら、ぼくは国会周辺を歩いた数限りない日々の事を思い浮かべてきた。時代の権力や政治に対する抵抗、あるいは反抗、その意志表示だったが、心の底にはユートピアがあったはずだからである。それは自由な社会というユートピアだったのかもしれないし、少年のころの野山を歩きながら野に咲く小さな花に感動した心のふるえのようなものだったのかもしれない。彼女の美しい歌声に魅せられながらそんなことを夢想していた。ユートピアを求めるこころはかつて僕が師とあおいだ思想家の「精神の闇屋」という言葉を想起させた。公的な精神ではなく、人には認められない闇のようにあるしかないが、自分の心を震わせ、解放的にしてくれる精神、それは人が失わない最後の特権のようなものかもしれない。美しい歌声に魅せられながら、いいものに出会った、と思った。「イック フエス」はとてもいい催しだった。


台風の影響か強い風に見舞われた 9月23日(祝)

 今日も先週と同じく秋分の日ということで祝日だったので裁判の傍聴、院内集会がないので座り込み者は少人数に限られた。

レジェンドさんは1時半頃来られた。官邸方面から歩いてこられたので、聞いてみると何時ものように国会前で座り込みをやっていると思って行ってみたが誰も来ないのでこちらに降りてきたとのこと❗午前中にその事について確認したのであるがそのあと家を出たときには忘れていたのでしょう。これが今のレジェンドさんである。丁度その頃から台風の風が急に強くなってきた。そのためにバナーが引きちぎれそうになってきたので外しました。大きなパラソルもすぐおちょこになってしまって壊れてしまいそうなので畳みました。

 そうすると空は晴れていて太陽光線がキツイ❗レジェンドさんが暑いというので椅子ごとプラタナスの木陰に移動して貰いました。2時過ぎになって太陽が金融庁の高いビルに隠れたので暑さからは解放されましたので助かりました。

 最後に。事務所に来て座り込みグッズを点検しようとしてふたを開けたら羊羹が2本入っていた。カンパしてくれたものなので食べてくださいと書かれていたので1本を包丁で切って経産省前へ持って行って皆で美味しく頂きました。


突然の雨も間もなく上がった 9月24日(火)

2週間前に続き、今日も高級自転車で来る人が、待っていてくれました。

三人でのセッティングであったので、あっという間に完了した。

間もなくIさんが到着、その後は「福島原発被ばく労災損害賠償裁判」(あらかぶさん裁判)の傍聴に参加する人や、「げんげんれん」団長の鴨下さんが会議に行く途中に寄って行かれ短時間でしたが、この間のデタラメ極まりない判決について若干の意見交換をしました。

15時過ぎに、にわか雨が降って来たので慌てて事務所より雨傘を持って来ましたが間もなく、その雨も上がり、撤収するまでには傘も、パラソルも乾いていました。またイロハネットの方達が見えられて、11月6日(水)の「函館市大間原発建設差し止め裁判」用のチラシ作成についてIさんと打ち合わせをしておられました。この裁判の傍聴参加、報告集会の参加を呼びかけます。


福島原発刑事訴訟支援団からの願いです。

9月19日、東京地裁は東電元経営陣に無罪判決を下しました。

結論も内容も、酷い判決です。

福島原発刑事訴訟支援団では、検察官役の指定弁護士の皆さんに、控訴のお願いをする緊急署名をはじめました。

▼【緊急署名】東電刑事裁判元経営陣「無罪」判決に控訴してください!

http://chng.it/7gHfXnFkK7

控訴期間は2週間です。

短期間のため、ネット署名のみでお許し下さい。

SNSでの拡散、MLへの転送、各自最大限の波状アクションをお願いします。

________________________________________

2019年9月19日、東京地方裁判所は、東京電力の元経営陣3名の福島原発事故における業務上過失致死傷の罪について「被告人らは、いずれも無罪とする」という判決を下しました。

この判決は、原発が過酷事故を起こさないための徹底的な安全確保は必要ないという、国の原子力政策と電力会社に忖度した誤ったメッセージであり、司法の堕落であるばかりか、次の過酷事故を招きかねない危険な判断です。

2016年2月29日の強制起訴から、検察官役として指定された5人の弁護士のみなさまは、この重大事故の責任を問うために大変なご苦労をされてきたということを、公判の傍聴を通じて感じており、心から感謝しております。裁判所が配布した判決要旨を読むにつけ、裁判所がこの原発事故の被害のあり方、被告人らの行いに対し、正当な評価をしたとは到底思えません。

私たちは、この判決では到底納得できず、あきらめることはできません。

どうか、指定弁護士のみなさまに、控訴をして頂いて、引き続き裁判を担当して頂きたくお願い申し上げます。

多大な仕事量とそのお働きに見合わない報酬しか、国からは支払われないと聞き及んでいるところを心苦しくはありますが、正当公平な裁判で未曾有の被害を引き起こした者たちの責任がきちんと問われるよう、再び検察官席にお立ち頂けますようお願い申し上げます。

福島原発刑事訴訟支援団

https://shien-dan.org/

9月27日(金) 月例祈祷会 「死者の裁き」

午後3時から 経産省前テントひろば 日本祈祷団47士

9月27日(金) 経産省前抗議行動 17時~18時

        検定前抗議行動 18時30分

9月29日(日)脱原発青空川柳句会 13時から

 経産省前テントひろばにて 選者乱鬼龍


yjimageNNIE1A04

『「歴史認識」とは何か』(大沼保昭著聞き手江川紹子)と『「慰安婦」問題とは何だったか』(大沼保昭)

(1)

何かがあると、便乗本が書店に溢れる。テレビの大河ドラマが決まるとその主人公に因んだ本がどっと出てくる。例えば、ある年の大河ドラマに『西郷どん』(せごどん)が決定したら、西郷本(西郷隆盛に関する本)が店頭を占拠した。この場合は西郷について知見を広めようかという欲求もあって嫌な感じはあまりしなかったが、多くの場合はそうではない。便乗本にうんざりした気分になって本棚から自然に目を背けてしまうことが多い。最近では韓国との険しい関係のせいか、嫌韓本と言われる本がその類であるのだろうか。断韓を提示して、批判を浴び自己批判したのが『週刊ポスト』であるが、同じ類の嫌韓本が本屋に出回っていると言える。ただ、テレビや週刊誌に比して書籍においてはそれほどでもないといえる。都心の大きな書店ではあまり目立たない。便乗本と言っても嫌韓本も以前のようには売れないのであろう。情勢を読めない出版社の嫌な振舞いにすぎないとでもいえるのか。

 今度の韓国との対立関係の激化の中で石破茂が唯一まともなことを言っている。彼は「日本が戦争に向き合う事に失敗してきたことを露呈したのだ」と語った。彼は安倍政権下の閣僚などの対応や、嫌韓本が便乗して溢れる現象の根源に日本が戦争に向き合うことを失敗してきたことを見ている。この石破の発言は正鵠を得ている、と思う。

安倍政権の取っている韓国への対応(半導体部品などの輸出規制)は愚策以外の何物でもない。論じる必要のない呈のことだが、ただ、それをキチンと考えるには少し深いところから見る必要があると思う。安倍政権の行為は「徴用工訴訟」や慰安婦問題は対する文政権の対応への不満を経済的嫌がらせで報復したことである。この口実には文政権が1965年の日韓条約での解決済みの徴用工問題や2015年に政府間で合意した慰安婦に動かないためというのが使われている。韓国は国際法に反しているという政府筋の言い分はそうである。この言い分は問題が多いのだが、その背後にあの戦争にいたる過程で生じた問題はもう解決済みだという考えがあり、それが根本なのだと思う。政治的理由や本当の考えは明らかにしないのが安倍の政治的手法だが、それにしてもあの戦争で生じた問題はもう解決済みだというのが透けて見える。これは石破茂のいうように向き合うことに失敗したことである。向き合わずに解決ずみだという態度を取っているのである。これは俗にいわれる「歴史認識」の問題を安倍流に処理したということだが、これは文大統領に指摘されるまでもなく、疑念のあるところだ。

嫌韓本に囲まれて目立たないが、日韓の問題に言及した『「歴史認識」とは何か』(大沼保昭)、『「慰安婦」問題とは何だったのか』(大久保保昭)、『日本統治下の朝鮮』(木村光彦)などいずれも中公新書であるが手にしてみた。どれも、最近出た本というわけではないが韓国との問題を考えるヒントが得られる。その意味で適宜な本と言えようか。

(2)

『「歴史認識」とは何か』は江川紹子を聞き手とする対談本だが、全体としては第一章 東京裁判、第二章 サンフランシスコ平和条約と日韓・日中の「正常化」、第三章 戦争責任と戦後責任、 第四章 慰安婦問題と新たな状況、 第5章二十一世紀世界と「歴史認識」からなっている。聞き手である江川紹子は第5章から読むことを勧めていると前書きで紹介されているが、それはうなずける見解であることが読後感として分かる。本書をこれから読む人はそうするといいのかも知れない。「歴史認識」という言葉は一般的な歴史に対する認識ではなく、特定の歴史にかかわる言葉として使われる。「新聞やテレビ、あるいはネットで<歴史認識>が問題になる場合、それは一九三一~四十五年に日本が戦った戦争と一九一〇~四十五年の朝鮮植民地支配にかかわる問題であることが多い。「慰安婦」問題。「南京事件」。「靖國参拝」などなど。」(本書のはじめに)。というわけである。

要するに太平洋戦争にいたる十五年戦争や朝鮮植民地支配をどう認識するかということである。これは保阪正康が追求しているあの戦争(十五年戦争)を中心に置いた昭和前史の認識ということでもある。戦後の七十余年を経てあの戦争や朝鮮植民地支配という問題は大きく揺らいできたのであるが、依然として解決はしていない。だから、この認識をめぐる対立が安倍政権と韓国の文政権の間であわわれていても不思議ではない。安倍晋三は明確に自分の考えを述べてはいないが、その言動からつぎのようなことが取り出せるように思う。あの戦争に対する日本の責任はないという考えであり、歴史認識の問題などないといことである。歴史認識はあの戦争に対する責任の問題をさす言葉であるが、彼にはそれは存在しないのである。

あの戦争や朝鮮植民地支配についての戦後的な認識(判断)の枠組みが決められたのは東京裁判であった。これは戦勝国(連合国)の立場に立つ敗戦国(枢軸国)の裁きであったが、あの戦争に対する歴史認識は示され、日本はそれを受け入れてきた。これは枢軸国の戦争を全体主義的な、あるいはファシズムの戦争として否定する考えであった。この認識(判断)はあの戦争を侵略戦争と認定するものだった。この裁判は勝者の裁きという公平さを欠いたものであったことは言うまでもないが、戦後の日本政府はこれを受け入れてきた。これに対する批判はいろいろの形で出て来た。東京裁判史観批判であり、安倍は表立っては言わないがこの立場に近い考えに立っている。「<東京裁判史観>批判というのは、東京裁判の判決における認定、特に日本の戦争が国際法上違法な侵略戦争だったことや、南京で日本軍が大規模な虐殺行為を犯したという判断を受け入れるべきではないという考えのようです。あの戦争は日本が満州に持っていた正当な権益を守るための自衛戦争であり、アジア解放のための戦争だった」(第一章 東京裁判)。

これに対する著者の批判(東京裁判史観批判の批判)は正しいものといえる。「日本の戦争が全体として国際法上の違法な侵略戦争であったこと、その過程で日本が大量の戦争法違法行為を犯したことは、世界中の国際法学者と歴史学者が共有している認識です」。不公平さやいろいろの問題を持つとはいえ、この東京裁判の認定はただしいことである。東京裁判が枢軸国の戦争を侵略戦争として裁いたことは正しことであり、東京裁判の批判はこれに対してあるのではない。問題はそれが、原爆投下や無差別爆撃、あるいはソ連の参戦とそこで行われた違法行為などが裁かれていないことである。「東京裁判は、<文明の裁き>という建前で行われてきました。確かに南京事件は非文明的行為と言えるでしょう。ただ、<文明の裁き>というのでれば、広島、長崎への原爆投下はどうか。あるいは一九四五年三月十日の東京大空襲など各地で行われた空襲は非文明的行為ではないのか。<文明の裁き>というのであれば裁かれて当然のそうした行為が裁かれてはいない。そういう意味で東京裁判は勝者の裁きであり、不公正な裁判だった。これは否定できない」(第一章 東京裁判)。

僕はこの著者の考えに賛成である。東京裁判史観の批判はいろいろとあるのだが、僕は右翼や歴史修正主義者の東京裁判史観とは違う形で考えている。彼等は侵略戦争の認定を批判し、あの戦争を自衛のための戦争と肯定するのだが、僕は違う。全体主義的、あるいはファシズムの戦争を侵略戦争として認定したことはいいが、戦勝国の戦争を裁かなかったことを批判する。これは戦争そのものを断罪し、あらゆる戦争を非文明的行為として裁かなかったことを批判する。ただ、ここでは安倍は右翼の東京裁判史観批判に立っていることは記憶に留めておきたい。

韓国や中国は日本が東京裁判で受け入れたあの太平洋戦争を含む15年戦争の認定、その上での戦争責任の処理を要求してきた。日本は基本的にはその線にそって戦争処理を行ってきたし、日韓条約などはその一つだったといえる。ただ、中国や韓国は東京裁判の枠組みや朝鮮植民地支配に対する批判から逸脱した行為等の度に「歴史認識」が踏まえられていないという批判をやってきた。

東京裁判史観批判の立場(右翼的な立場)での振舞いに対する批判である。例えば政府閣僚の靖国神社参拝などについてである。靖國神社は戦死者を英霊と祀り、あの戦争を肯定する考えに立っている。だから閣僚などが公式参拝をすることの批判(反発)はそこだった。

しかし、東京裁判を受け入れながら、それを批判するのは右翼の学者たちだけではなかった。あの戦争を侵略戦争ではなかったと言い出したのは安倍の祖父であった岸信介だが、安倍はこの考えに立っている。「侵略という学説はまだない」という彼の発言はそれをよく示している。安倍は表向きアメリカ等に配慮して、こうした発言は控えているが、彼の基本的考えはそこにある。戦後の日本の歴代政府は東京裁判を受け入れたのでそれに従って、中国や韓国との関係を考えようとしてきたが、その背後にあの戦争や朝鮮植民地支配を自衛のための行為であると認識することに疑念を持ってきたことがある。東京裁判に疑問や批判はあっても、右翼のような東京裁判批判史観には立てなかったのである。戦争体験や経験があの戦争や植民地支配を自衛のための行為とすることにはためらわせるところがあったのだ。それから見れば歴代の保守政権の中で岸信介と安倍は特殊な存在である。

十五年戦争や朝鮮植民地支配を自衛のための行為として肯定的に考える立場を安倍は隠し持っている。現在は世界的にみれば戦後のあの戦争について戦勝国が持って来た立場、全体主義やファシズムの戦争を侵略戦争と枠づける考えが揺らいできている。それは戦勝国であったアメリカや旧ソ連が違法戦争(侵略)をやってきたからであり、彼等の戦争についての戦後を支配してきた理念は力を失っているのである。歴史修正主義が力をもたげているのはそのためである。安倍たちは日本の戦争は自衛の戦争であり、侵略戦争ではなかったということを公然と語れる環境が出てきている。確かに、こういう主張は国際的には通用しないが、以前よりは主張しやすくなってきている。今回の「徴用工訴訟問題」においてそれは既に1965年の日韓会談問題で解決ずみとしているが、背後には韓国から問われるような朝鮮植民地支配の史的な責任問題は存在しないという考えがある。これが表立った主張ではないが、背後にある安倍の考えである。歴史認識の問題など存在していない、解決すみだという安倍のこの考えが韓国の人たちの反発を招いている要因の基本である。

↑このページのトップヘ